砂 漠 の 少 年

 熱した砂の感触が、それだけで自分の体を焼き尽くすようだった。
 遠くに聞こえるはずの呼び声に耳を澄ませたが、パドには吹き荒ぶ風の音すら届かない。


 時折、パドには、もしかしたら自分はこの土地で生まれ育った人間ではないのかもしれないと思う瞬間がある。
 それはノルテやリークといった同じ年頃の少年と肌の色が違うからではなく、体が覚えているはずの、この土地独特の暮らし方が自分に何故かそぐわないと感じる時や、こうした暑さに、他の誰よりも弱いということに端を発していた。
 実際にそれを口にしても、人々は皆、彼等特有の柔らかい表情を浮かべて問いかける。
「じゃあパド、おまえはいったいどうやってここに来たんだい?」
 当然、パドは知らないと答える。
「ここには、出ることも入ることもできない。おまえは最初からここにいたんだ」
 土地の人々が知らないものが、全て無いものだとは言えないはずだ。パドはそう思っている。


 悪戯好きのリークが、いつもと同じく悪さをして逃げ回っていた時、普段誰も近寄らない丘に、パドは倒れていたのだという。
 自分と同じ体格の少年を運ぶには、リークはひ弱過ぎた。直前まで自分が何をしたのかを綺麗に忘れ去り、リークは大人達を呼びに駆け出した。これがこの土地の人々の特性なのか、事情を聞いた人間数人がリークの案内で丘へ向かい、意識の無いパドを集落へ連れ帰った。
「だって人が死にかけてたんだ。戻って大人に怒られるのも怖かったけど、人が死ぬかもしれないんだ」
 リークは後に、回復したパドにそう告げた。その誇らしげな瞳と靨には、“怖い”ものなど本当は何もないんだ、という自信さえも見てとれた。
 同じように、リークを咎めることのなかった人々は、そうすることに何の抵抗もないらしく、パドを介抱した。
 その厚意は、パドを死へ導くこともなく、数日後には自力で立ち上がれる程までに回復していた。
 ただ一つの不幸は、パドが何も覚えていなかったことだ。


 この名前は、パドが発見される二日前に、集落で死んだ子供の名から付けられた。
 また、記憶が何一つないことも、この小さな集落では、あまりに小さな子を哀れに思った神が再びこの土地に戻してくださったのだ、と思わせることに一役買った。その純粋な信仰心と、善良さが、パドを生まれた時からこの集落の住民であったような扱いへと導いて行った。
 それでもパド本人は、自分は絶対に、この土地の生まれではないと信じていた。
 死んだ子供を神が返してくれた、という思想にしても、見たこともない神の存在など、パドにはただの妄想にしか思えなかった。
 そもそも、誰もが盲目的な信仰を持っている中で、なぜ自分だけがそれを受け入れられないのか。これこそが、自分が余所者だという証拠のように思えてならない。
 そう、神などいない。そんなものを信じて、何処の誰ともわからない子供を拾う、彼等はどうかしている。パドは朝晩の祈りを欠かさない人々を見る度に、何故か嫌悪感を抱く。


 遊び仲間のノルテと二人で集落を出たのは昨夜のことだ。
 冒険をしたいという、ノルテの強い要望だった。その輝く瞳に逆らうことができず、パドは彼に従って、人々が寝付いた頃にそっと抜け出した。
「絶対に、どこかにパドの生まれた所があると思うんだよ」
 何かしらの楽園を想像しているらしいノルテに、パドは何も言えない。こんな自分が育った場所が、素晴らしい所であるはずがない。むしろ、この土地こそが楽園ではないのか。
 豊富な水と作物。温かな人々。しかしパドには不快でしかなかったが。
 パドが倒れていた丘の方角。そのまま歩き続ければ、きっと辿り着く。ノルテは興奮した様子で前を歩いた。
 二人で寄り添って眠ったのは、数時間前だった。
 慣れない遠出に疲れ切った体が漸く目を覚ました時、ノルテの姿は消えていた。


 パドは声の限り、ノルテを呼んだ。
 辺りを見回しても、人影は全くない。それどころか、あの集落へ戻る道も、どちらであったか定かではない。目印となるものが一つもなかったことに、どうして眠りにつく前に気づかなかったのか。
 不意に足元に目を落とすと、持って来たはずの数日分の食料も消えている。水がなければ、自分は一日生きることすら危ない。
 太陽は既に真上にあった。
 滲む汗が、余計にパドを不安にさせる。
 一人きり。帰る場所もわからない。身一つで置き去りにされた。
 こんなことなら。
 こんなことになるのなら。
 以前の生活のままで十分だった。
 余計なことを望んだばかりに、こんな目に遭うなんて。
 前の方がよっぽどましだったのに。


 その時パドは、あの集落に拾われる前のことを思い出した。


 目を覚ますと、いつも同じく、粗末なテントの下だった。
 乾いた大地がどこまでも続き、相変わらずの寒気がこの体に染みついて離れない。
 少年は、最早十分に動かせなくなった指先を震わせながら、食べ物を探した。
 僅かな保存食料は底をつく寸前だった。
 身に纏う布はすり切れ、その部分からまた風が入る。
「………パドになりたい」
 今見た夢の中で、この孤独な少年はパドと呼ばれていた。
 ここで凍え死ぬよりも、ずっとずっとましだ。少年はそう思う。
 もう一度目を閉じれば、またあの集落へ行けるだろうか。また善良な人々に拾われ、名前を付けてもらえるだろうか。
 そうして少年はまた願う。
 どこか遠くで幸せになる夢を見せてください、と。