砂 上 の 夢
1．
リクがその日最後の石を掻き出した時、肩に村からの伝令鳥が留まった。
鳥は七色の嘴を大きく開け、組合長の声で鳴いた。
「今月分ハ揃ッタ。モウ戻レ」
「揃った？ じゃ、オレが拾ったこれは？」
リクが背負った袋の中では、今日の収穫である石が四つカチャカチャと触れ合っている。そして今手にしているのが五つ目だ。
今朝早く、納入分にまだ十個足りないので、今日中に何とか集めたいと組合長が騒いでいるのを聞きつけ、一番に砂原に出た。そういうことならば、と必死になってこれだけの数を掘り出したというのに。リクが戻る前に、もう他の連中が定数を揃えてしまったらしい。
「仕方ないな。わかった、帰ろう、カナリヤ」
名を呼ぶと、伝令鳥はリクを先導するように羽ばたいた。
誰もいない砂原で、リクが伝令鳥相手に愚痴を言っていた頃、村では、リクの兄であるグレンが、石狩り達に詰め寄られていた。
「だいたい、あのチビ、組合にも入ってないんだぞ！」
「勝手に石狩りに加わってるってのに、いっつも成果挙げて帰って来やがる。じゃあ、特別に組合に入れてやるって言えば、それも断る。どうなってんだ、リクは」
比較的温厚なグレンは、村にたった一つしかない学校の、二人きりの教士の一人だった。教士になるためには、城のある大きな都市まで行って、厳しい審査と専門の訓練が必要だったため、十年前に村を出たグレンが教士になって戻って来るまでに六年を要した。
両親を早くに亡くしたためか、一番多感な時期を一人きりで過ごさせたためか、リクはグレンの言うことすら聞かない。
グレンが十五で旅立った時、リクはまだ七つだった。やはり教士だった父の跡を継ぐためにはどうしても必要なことだったとはいえ、六年後に帰った時には、もうグレンの手には負えない子供になってしまっていた。
「グレン師、あいつももう十七になったんだ、いつまで石狩りの真似事なんかさせてるつもりだ？」
グレンに掴みかからんばかりに激憤しているのは、実は子供の頃からグレンと一緒に遊んだ相手だった。教士と弁士、そして医師と村議会、神父は特別な職業のため、たとえ同じ歳であっても敬わなくてはならない。昔はグレンと呼び捨てにしていたが、今では“師”と敬称をつけなければならなくなった相手に、石狩りの青年は更に続ける。
「いいか、おまえが甘やかすからこういうことにな……」
「仕方がないよ、フィッツ。あの子がやりたがっているんだから。それに、ちゃんと石も幾つか持って帰って来るし、迷惑はかけてないよ」
「馬鹿言え。あいつに好き勝手にふらふらされてるから、俺達はいつも仕事した後にもう一回あいつを探しに砂原を歩き回らなきゃならないんだ。俺達の仕事はチームワークが大事なんだ、時間になっても合流しない奴がいたら全員で探しに行く、それがルールだ。知っててあいつは戻って来ない。おかげで俺達は毎日くたくただよ」
リクのことだから、夢中になったら他のことは忘れてしまうのだろう。
あの子があんなに楽しそうにしているのだから、このまま続けさせてやりたいのだが、石狩りの組合に迷惑をかけるようでは、放っておけないか。笑顔の奥でグレンが考えていたのは、この場の取りなしではなく、今夜リクにどう言い聞かせるかだった。
「よく相談してみるよ、フィッツ」
「おまえ、先月も同じこと言ったな。それでリクを説得できなかったから、あいつは未だに砂原に出てるんだろうが」
「あの子は石が好きなんだよ、ただそれだけなんだよ。迷惑をかけて済まないけれどね」
済まなそうな顔一つしないグレンに、他の石狩りは困惑した表情でフィッツを仰ぎ見た。相手は教士なのだから、これ以上のことはできない。暴力などもってのほかだ。気心の知れたフィッツに任せるしかない。
「ああそれともフィッツ、石狩りと夫婦になればあの子も毎日石を見られて喜ぶかもしれないから、君、リクを貰ってくれるかい？」
「あんな、どっから見ても男としか思えない嫁を欲しがる奴がいるか！」
「僕には普通のかわいい妹に見えるけど？」
「とにかく、おまえに任せたからな、早くあいつをおとなしくさせろ。石狩りなんて女のする仕事じゃないぞ」
本気で嫌がっているらしいフィッツは、仲間を引き連れて去って行った。
学校内にあるグレンの控え室も、漸く本来の静けさを取り戻す。
確かに、フィッツの言うとおりだ。毎日毎日炎天下の砂原に出ているリクは真っ黒に日焼けし、帰って来る時には砂まみれ。石狩りの作業をする時だけでなく、普段から男物の服で出歩く。ドレス姿など見たことがない。髪は汗と砂でボサボサになり、髪油を使っていつも綺麗に結い上げている同年代の少女とは比べものにもならない。
言葉遣いも荒い。礼儀作法も、教えるには教えたが、「堅苦しい。面倒くさい」と受け付けない。
二軒先のマリアは来年式を挙げる婚約者のために、新しいマントを縫っているというのに、同じ歳のはずのリクは男に混ざって石狩りの日々だ。
だがそれも、リクの目的が達せられるまでの我慢だ。
グレンとリクの間で幼い頃に交わされた約束を守って、今もリクが探している石のことは秘密にしてある。
あの石さえ見つかれば、リクは明日にでも石狩りをやめるだろう。
もっとも、見つかる確率の低い品ではあったが。
グレンは壁の作りつけの本棚から、一冊の古い本を取り出す。この文献に書いてある通りならば、リクの捜し物は、たとえ百年かかっても見いだせないだろう。
刻み石を実際に手にできた人間は、過去にたった一人しかいなかったのだから。